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父、お見舞いに行く

先日、父が母の病院へ電車に乗って
お見舞いに行きました。


そう書くと、別にどうってことのない事のように
聞こえると思うのですが、


私にとっては飛び上がるほど嬉しい事でした。


          ◇


昔、父がクモ膜下出血で倒れたのは
仕事で取引先にいた時のことでした。


突然激しい頭痛がして、その場に倒れて
意識を失ったのだそうです。


すぐに救急で運ばれ、近くの大学病院に入院。
破裂した場所が悪かったため、
意識不明が続き、手術した後も後遺症が残りました。


それでも普通なら助からないような状態だったのに、
ちゃんと生きて助かったのだから、良かった良かったと、
何も知らない私は単純に安堵していました。


ずっと付きっきりで看病していた母は
まだ乳がん手術後間もない時期。
かなり無理をしていたと思います。


私は出産したばかりで、育児にかかりきりの上、
ひどい乳腺炎と腎盂腎炎で2度の入院。


父の看病は母に任せっきりでした。
そんな父も半年後くらいに退院しました。


退院時には「高次脳機能障害」と診断され、
障害者手帳を申請してください、と言われました。
その時、まだ私はその意味を知りませんでした。


          ◇


ある時、母から「具合が悪いのでちょっと来て欲しい」
と連絡があって実家に行った時のこと。


母は蓄積した疲労とストレスで限界のようで、
起き上がる気力もなくぐったりと横たわっていました。


やつれ果てた母は私を見ると
「悪いけどお父さんのご飯作ってあげて」
とだけ言い、泥のように眠ってしまいました。


ふと父の方を見て愕然としました。


なんの表情も浮かべずに、ソファに座っていたのです。
疲れた妻を労わるどころか、
心配している様子もなく、
ただ、無表情で座っていました。



何が起こっているか分かっていないのかしら?


もし、隣の部屋で妻がもがき苦しんでいても
救急車を呼ぶ事もせず、ただずっと座っているのだろうか?


もし、私がいない時に母が突然死んでしまっても、
父はその事に気づきもせず、こうして
何も感じることなく座り続けているのだろうか?


考えただけで心が凍るようでした。


泣きました。


あまりのショックに打ちのめされて、
声を上げて大声で泣いてしまいました。
父のことで泣いたのは初めてでした。


母はずっとこのロボットのような父の看病をして
今まで来たのだろうか?
悲しみも喜びも感じず、優しさも労りの気持ちも消え、
人を慈しみ愛する事さえ忘れてしまったこの人と。


体はここにあるのに、私は父を失った事を知ったのです。
心が、感情が、そこにはありませんでした。


毎日こんな状態の父と向かい合っていたら
母もいつか壊れてしまうだろう・・・。


私がもっと手を貸してあげれば良かった。
不調と育児で思うように動けない自分を心底呪いました。


お父さん、ついこの間まで
バリバリ仕事してたじゃない。


ゴルフにも行って日焼けして
笑いながら帰ってきたじゃない。


今度またオーストラリアに旅行に行きたいね、
って話してたじゃない。


つまらないオヤジギャグも
しょっちゅう言ってたじゃない。


お母さん、具合悪いんだよ。
助けてあげないの?
大丈夫?って声かけてあげないの?


お父さん・・・・



話しかけても、なんの反応もなく、
空洞のような目で私をじっと見るだけでした。


前の父と同じ人とは思えないほど
変わり果てた姿でした。


わかってはいたけれど、
私はその現実を受け入れられず、
戸惑いと悲嘆にくれて、泣くことしかできませんでした。


あれからたくさんの月日が流れ、
その間に試した様々なリハビリや薬が功を奏し、
父は奇跡的に感情を取り戻し
(本当にこれは奇跡だと言われました)


前と全く同じように、とはいきませんが、
なんとか普通に生活ができるようになりました。


このまま穏やかな日がずっと続くのだと思っていたのに、
先日の脳梗塞騒動。


私はまたあの時の父に戻ってしまうのではないかと
実は一人、とても不安でした。


         ◇


その父がある日、夕飯の時に
「お母さんの病院に行ってくる」
と自分から言ったのです。


「あ、でも私は明日用事があるから送っていけないよ、
お父さんは退院の時に行くのでいいんじゃない?」


と私が言うと、電車で行く、と。


とっても驚きました。


後遺症で足が前に出づらくなっていて、
とても歩くのが辛そうで、
すぐ近くのクリニックに行くにも
いつも母に送ってもらっていたのです。


リハビリのためになるべく毎日
ウォーキングするように、と言われているのに
億劫がって歩いていませんでした。


その父が一人で電車で行くと。


私の用事をキャンセルしてやっぱり車で
一緒に行くべきか悩んだのですが、


父のせっかくの自発的な行為を
打ち消してしまうような気がして、
今回は見守ることにしました。


迷わないように地図をプリントして渡し、
道順を書き、降りる駅名も再三確認しました。


車に気をつけてね、
迷ったら連絡できるように
携帯電話は持っていってね、
お財布忘れずにね、
転ばないようにね、


まるで子供のおつかいみたいです。


そろそろ到着したかな、という頃合を見計らって
病院の母に電話すると


「お父さん、無事に着いたわよ」


と、嬉しそうでした。


母の車椅子を押して二人で売店に行き、
コーヒーを買って飲んだそうです。


レジでカップを買って、自分で機械のところに行って淹れるタイプのコーヒー。
お父さん、よく淹れ方わかったね、と言ったら
そばにいた人が教えてくれたんだよ、と笑っていました。


こんな日が来るとは思いませんでした。
あの時の空虚な父の顔が忘れられない私にとって、
夢のような出来事でした。


あと何年、元気でいてくれるだろう。
あとどれくらい顔を見ていられるだろうか。


誰よりも一生懸命働いて、高度成長期を支えた世代の父。
さあ、これからリタイヤして第二の人生を謳歌するぞ、
という一歩手前で倒れてしまった父。


お父さん、あなたは今幸せですか?
あなたの人生は幸せでしたか?



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Comment[この記事へのコメント]

 

ちゅらりんさん、大変だったんだね。
さらっと簡単に言ってたけど…
うちの子も入院した時、感情のない人形みたいになった事を思い出しちゃった。
家族が病気になるのは自分の事以上に辛いよね。
お父さんは幸せだと思います。だから感情が戻ってきたんじゃないかな



  • えだ 
  • URL 
  • at 2014.04.26 23:08 
  • [編集]

NoTitle 

うちの父が「肝性脳症」という疾患で、わたしや孫のことも判別できなくなった時、まだ小学校一年生だった長女の戸惑った様子に、胸が締め付けられました。
幸い後遺症もなく回復しましたが、「当たり前」だと思っていたことのありがたみをこの時も感じました。

それにしても、お父様の生命力というか、回復力もさることながら、お母様もとても強い方なのですね。
わたしも強くありたいと思います。
そして、ちゅらりんさんもよい娘さんですね。
わたしもよい娘になりたいな~。
  • ぽめ 
  • URL 
  • at 2014.04.27 08:15 
  • [編集]

よかったなぁ(T-T) 

家族って当たり前の存在になってて
小さなことって見落としがちになるもんなぁ…
うちも実家のオヤジさま
ちゅらりんちゃんちのお父さんの様に元気な人やってんけど
脳がつまって倒れた時はちゅらりんちゃんと同じ。
大泣きしてどいしたらええんやろうってほんま生きづまってたわ。
お父さん子やったしな。
だからちゅらりんちゃんがお父さんの電車でお見舞い行かれた姿をとても喜ぶのがようわかる!
大変な中よう頑張ってきたなぁ。
でもそんな強いお父さんとお母さんのお子や!
間違いなくスペシャルな子やん!
そらガンも遠退くちゅうもんや。
お父さん。
今からもっと元気になりはるわ(^^)
そんな姿見てお母さんも元気になりはる。
そんな中をお世話してるちゅらりんちゃんはもっと元気になる!
よう頑張ってきたなぁ。





  • けぇ 
  • URL 
  • at 2014.04.28 23:31 
  • [編集]

素晴らしい! 

大変な症状から回復された黒帯お父さん、支えて来られたお母さん、寄り添われたちゅらりん☆さん。皆さん素晴らしいです。
ウチは2年前まで健康一家でしたが、父の胃がん、私の乳がんで病院付くようになりました。
このところ父が急激に元気を無くし益々気難しくなってしまって…母はかなりストレスのようです。
私もちゅらりん☆さんのように二人に寄り添っていかねないとな!っと改めて感じました。
ホント、ちゅらりん☆さんの投稿私の中でタイムリー過ぎなんですけど、やっぱり見えてます(笑)?
  • サザエ♪ 
  • URL 
  • at 2014.04.29 00:14 
  • [編集]

えだちゃんへ 

こんにちわ!
お返事が大変遅くなってスミマセン(^^;;

> ちゅらりんさん、大変だったんだね。
> さらっと簡単に言ってたけど…

いえいえ。
きっと誰もが多少なりとも経験することだもんね。
親もそういう歳ってことだね。

> うちの子も入院した時、感情のない人形みたいになった事を思い出しちゃった。

そうなのー?
お子さんの事だと余計に心配だったろうね( ; ; )
でも今は良くなって本当に良かった。
健康ってありがたいよね。

> 家族が病気になるのは自分の事以上に辛いよね。

そうだよね。
変わってあげられないからね。
してあげられることって限られてるしね。

> お父さんは幸せだと思います。だから感情が戻ってきたんじゃないかな

ありがとう^^
すっごく嬉しい言葉です!!
何度も読み返しちゃった。
親孝行、できるうちにしておこう、って思った。
  • ちゅらりん☆ 
  • URL 
  • at 2014.05.10 11:44 
  • [編集]

ぽめさんへ 

こんにちわ!
お返事が大変遅くなってスミマセン(^^;;

> うちの父が「肝性脳症」という疾患で、わたしや孫のことも判別できなくなった時、まだ小学校一年生だった長女の戸惑った様子に、胸が締め付けられました。
> 幸い後遺症もなく回復しましたが、「当たり前」だと思っていたことのありがたみをこの時も感じました。

ぽめさん、この度は大変なことでしたね。
実はEちゃんからお父様のことは当日の夜に聞いて知っていましたが、
色々お忙しい時に連絡差し上げても、って思ってご連絡しませんでした。
しばらくはぽめさんも落ち着かないとは思いますが、
どうかお気落としされませんように。
ご自分の体のことも気をつけて下さいね。

> わたしも強くありたいと思います。

ぽめさんは十分強さを持っていると思いますよ。
妹さんから、そしてお父様から頂いた想いや優しさ。
そしてお子さんたちへの愛情の深さ、
そんなものが強さになっていると思います。

> そして、ちゅらりんさんもよい娘さんですね。
> わたしもよい娘になりたいな~。

お互い頑張りましょう^^
いや、頑張るというのはちょっと違うかな。
できる事を積み重ねて行きましょうね。
  • ちゅらりん☆ 
  • URL 
  • at 2014.05.10 11:52 
  • [編集]

Re: よかったなぁ(T-T) 

けぇさーん、
こんにちわー!
お返事が大変遅くなってごめんにょー(^^;;

> 家族って当たり前の存在になってて
> 小さなことって見落としがちになるもんなぁ…

そうなのよね。
元気でいるのも普通で当たり前で、そこにいるのはもっと当たり前で、
なかなか気づかないことが多いのかもなぁ

> うちも実家のオヤジさま
> ちゅらりんちゃんちのお父さんの様に元気な人やってんけど
> 脳がつまって倒れた時はちゅらりんちゃんと同じ。

お父様もそんな事が…( ; ; )
元気な人が倒れると周りももちろん心配だけど、
本人が受けるショックも大きくて、
それを見ている家族も辛いんだよね。

> 大泣きしてどいしたらええんやろうってほんま生きづまってたわ。
> お父さん子やったしな。

うんうん。わかるわかる。
気の持ち用ががらっと変わっちゃうよね。

> だからちゅらりんちゃんがお父さんの電車でお見舞い行かれた姿をとても喜ぶのがようわかる!

自発的に何かをするってことが無くなってたからね、
自分から行くって言い出してくれたことに驚いた。

> 大変な中よう頑張ってきたなぁ。

シコ踏みながらね笑
どすこいどすこい。

> でもそんな強いお父さんとお母さんのお子や!
> 間違いなくスペシャルな子やん!

わははは!
スペシャルか〜
けぇさんもスペシャルだよね〜
けぇさんの人柄欲しいわー。
私にとってそれこそスペシャルだわ。

> そらガンも遠退くちゅうもんや。

遠退いて戻ってくんなや!
けぇさんにも近づくなや!

> お父さん。
> 今からもっと元気になりはるわ(^^)

ありがとう〜
手を出しすぎてもいけないし、足りなくてもいけないし、
絶妙な加減を模索しながら介助していこうと思いまーす。

> そんな姿見てお母さんも元気になりはる。

母はまぁ、内臓の病気ってわけじゃないからこっちは
そんなに心配はしてないんだけどね。
調子に乗って無理するのだけをセーブするようにしてるわ。

> そんな中をお世話してるちゅらりんちゃんはもっと元気になる!

せんきゅー
この元気さを維持していかなくちゃ!

> よう頑張ってきたなぁ。

じーーーん。
頑張ってきたのか、あたしは。
これで良かったのかな。

いやいや、けぇさんのおせち30人前には負けるわ
(GW過ぎてもまだ言うか、正月ネタ)
  • ちゅらりん☆ 
  • URL 
  • at 2014.05.10 12:09 
  • [編集]

Re: 素晴らしい! 

サザエ♪さんへ
こんにちわ!
お返事が大変遅くなってスミマセン(^^;;

> 大変な症状から回復された黒帯お父さん、支えて来られたお母さん、寄り添われたちゅらりん☆さん。皆さん素晴らしいです。

ありがとうございます。
時間が経ってから考えるとあの時大変だった〜ってなるけど、
真っ只中にいるときって必死だからあんまり大変さを感じないものね。

> ウチは2年前まで健康一家でしたが、父の胃がん、私の乳がんで病院付くようになりました。

お父様も〜。
そうでしたか。
病院は縁がなければ越したことはないんだけどね。
私も最近は病院慣れしてしまって、
少し前までは考えられなかった事ですよー。

> このところ父が急激に元気を無くし益々気難しくなってしまって…母はかなりストレスのようです。

本人だけじゃなく、家族にも影を落としてしまうんですよね。病気って。
お母様のフォロー、サザエ♪さんの事だからきっとばっちりだと思いますが、
サザエ♪さんご自身もこれから手術を控えている身だから、
無理はしないようにしてね。

> 私もちゅらりん☆さんのように二人に寄り添っていかねないとな!っと改めて感じました。

うんうん。
まずはサザエ♪さんが元気になって、その姿を見せて差し上げる事よね!

> ホント、ちゅらりん☆さんの投稿私の中でタイムリー過ぎなんですけど、やっぱり見えてます(笑)?

えへへ。バレちゃった?
なーんてねヾ(@⌒ー⌒@)ノ
  • ちゅらりん☆ 
  • URL 
  • at 2014.05.10 12:18 
  • [編集]

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プロフィール

ちゅらりん☆

Author:ちゅらりん☆
初めまして、ちゅらりん☆です。
2013年7月、乳がんを宣告されました。
FEC4クール、アブラキサン4クールの術前化学療法後、2014年2月に全摘+同時再建手術。

術後病理で完全奏功したことを確認。
2014.4〜ホルモン療法開始。
乳がんとようやくおさらばできました!(と、信じたい)

2014年 ピンクリボンアドバイザー初級認定

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